次回の展示ご案内(4/17~7/12)
土門拳は、しばしば「好きなものしか撮らなかった写真家」と称されてきました。仏像や寺院、骨董などは彼の「好きなもの」の代表格。独自のクローズアップ手法によって切り撮られた仏像の姿には、被写体に強く惹き付けられ、凝視し続けた土門の偏執狂的な愛が表れています。
その「愛」は対象が人間でも同様でした。自らの「好きな顔」の筆頭に挙げ、敬愛してやまなかった小説家の志賀直哉や、郷里・山形の先人として少なからぬ影響を受けた歌人の斎藤茂吉のポートレイトなどからは、その姿を内奥の人間性も含めて克明に写し留めんとする視座が感じられます。また「ヒロシマ」や「筑豊のこどもたち」といった戦後社会の状況を伝えようとしたドキュメンタリー作品についても「ぼくの好きな日本人が苦悩する様を、横目に見て通り過ぎることができなかった」と、その根底にはやはり愛があったことを語っています。
一方、「日本人については、くだらないなあと匙を投げたくなったこともしばしばだが、こんなにも永く日本文化に取り組んできたのは、やはり日本人が好きだったからであろう」という言葉が示すように、戦争の時代を挟みながら写真の道を歩んだ土門にとって、「日本」という被写体に対する愛はそう単純なものでもなかったようです。
本展では、土門拳が撮影した多様なジャンルの作品を「愛」をキーワードに横断しながら、彼が追い求め表現しようとしたもの、そしてその写真に写り込んださまざまな愛の形を多角的に探ります。


