開館40周年記念特別展「名取洋之助と土門拳ー社会的写真を求めてー」
主要展示室・企画展示室Ⅰ・企画展示室Ⅱ
4月6日(木)~7月9日(日) モノクロ 193点・カラー 8点
名取洋之助と土門拳。日本の写真史を考える上で欠かせない写真家であり、その関係をめぐって様々に語られる両者ですが、2人展の形でその活動を振り返る展覧会は今回が初となります。
1910年に東京の裕福な家庭に生まれた名取は、10代でドイツへ留学してデザインを学びました。ドイツ最大手の新聞社・ウルシュタイン社の契約写真家として活躍しましたが、ナチスの外国人ジャーナリスト規制によって1933年に日本へ拠点を移し、写真家・木村伊兵衛らと「日本工房」を結成。審美や慰安ではなく、社会を語る〈報道写真〉を日本でも実現しようと様々な試みを行います。
ほどなく脱退した木村らの後に日本工房へ入ったのが土門拳です。1909年に山形で生まれ、貧しさと闘いながら刻苦勉励していた土門は、弟子入り中の写真館を1935年に飛び出して名取の指導のもとで〈報道写真〉に取り組みます。情熱と負けじ魂でメキメキと腕を上げ、やがて、1939年にはプロデューサーとしての名取と袂を分かち、自らの写真に邁進していきます。
戦争の時代をそれぞれに経て、戦後の名取は写真に語らせる教養文庫である岩波写真文庫の編集長格として活躍し、土門はリアリズムを謳いあげて『ヒロシマ』『筑豊のこどもたち』を世に問います。敬意を持ちながら反発することもあった両者ですが、それぞれに生涯をかけて社会的写真を探求し続けました。
本展は土門拳記念館の開館40周年を記念した特別展です。一般財団法人日本カメラ財団との共催により、同財団が所蔵する名取作品、さらには当館では展示したことのない日本工房時代の土門作品など、貴重な資料を多数お借りして開催いたします。写真が最先端のメディアであった1930年代から激動の時代を経て戦後に至るまで、彼らが求めた写真の在り処を振り返ります。

土門拳 ≪宇垣一成 外相官邸にて≫ 1938年

名取洋之助 ≪紙飛行機を飛ばす紳士 シカゴ≫ 1937年
いずれも一般財団法人日本カメラ財団所蔵